二刀でのデビュー戦
30年ぶりの試合
2010年5月。30年のブランクからリバ剣して5カ月目。
所属道場の稽古に行った時、掲示板に市民大会参加者の登録名簿が掲示されていたのが目に入った。
浦安市の市民大会は春季と秋季の年2回。春季剣道大会は団体戦はなく、個人戦のみ。
掲示された参加者登録名簿に、参加希望者が記入してエントリーするようだ。もうすでにたくさんの方々の名前が記入されている。
「個人戦なら他人に迷惑が掛からないだろう」
そう思ってすぐに参加を決め、名前を記入した。
リバ剣直後で、しかも二刀もまだまだぎこちない。でも、とにかく30年ぶりに試合を経験したかった。少しでも早く試合の勘を取り戻したかった。この時、もう46歳ですから。
剣道の市民大会は、剣道初心者や私のようなリバ剣剣士から、百戦錬磨の現役選手、教員や警察官、全国大会予選出場の常連者、熟練の高齢者まで、幅広い層の選手が出場するのが特徴です。
私が最後に出場した試合は、中学3年の時の県大会でした。ですから、一般の部に出場するのは初めて。市民大会の一般の部はどういうレベルなのか、実際に感じてみたかったのです。
負けるのは分かっています。負けることによって今の自分を知り、何をすべきかが見え、次へのチャレンジができる。笑われてもいいから二刀で出場する、そう決めました。
幸先いいスタート
試合当日、午前11時に開場入りすると、小学生の部が終わって、中学生の部が始まっていた。
この後、高校生の部があって、一般の部が始まるのは午後2時過ぎらしい。
まさか自分の人生で、再び試合前のこの緊張感を味わうとは思いもしませんでした。
「ああ、この環境に戻って来たんだな」
会場に入って実感がわきました。
実は、1週間前から不安で仕方なく、この日は朝から不安感が頂点に達していた。
一刀で試合に出るなら、ここまで不安にならず緊張だけで済んだと思います。
リバ剣して二刀を始めてまだ5カ月目。これで試合に出るというわけですから、ちょっと無謀ですよね。
不安を取り除く方法も見つからないまま、一般の部が始まった。
私の一回戦はトーナメントの第一試合。お相手と向き合い、礼をし、大小を抜刀して蹲踞した。
「始めっ」
主審の号令とともに立ち上がって上下太刀に構えた。
すると、一刀中段に構えたお相手が、スーッと前に出てきて、小刀の切っ先にご自分の竹刀の物打ちを合わせてきた。
これ、錯覚してるんですね、お相手が。竹刀同士が触れ合うところまで間合いを詰めたつもりなんでしょうけど、こちらが中段に構えているのは短い小刀です。これに触れるところまで間合いを詰めたら、かなりの近間になっているのです。
私はすぐに反応してました。
小刀に触れてきたお相手の竹刀を、その小刀で瞬時に押さえて大刀で小手を打った。
気づいたら打ってたって感じ。旗は三本あがってました。
「二本目っ」
主審の号令が掛かると、今度は警戒して間合いを詰めてこない。小刀が気になっている様子。
ならばこちらが足を使って攻め込もうと前にでると、お相手は下がって間合いを切る。この繰り返しになって試合時間がもうわずかしかない。下がるお相手をさらにもう一歩攻め込んで面に飛び込んだ。
「ちょっと浅かったかな」そう思いましたが、旗は三本あがってました。
30年ぶりの試合、しかも始めての二刀での試合。これは幸先がいいなと思いました。
ブランク30年で失った感覚
二回戦が始まった。今度のお相手は、平正眼や霞の構えで防御一辺倒。すぐに鍔迫り合いになってしまう。
ならば引き技で一本を取ろうと、大刀で引き面を打ったんですが、旗は一本しかあがらず勢い余って場外へ出てしまった。場外反則一回。
続けてまた同じことをしてしまい、場外反則二回。これでお相手に一本となってしまった。
この後、さらに同じことをもう二回やってしまった。つまり、場外反則4回で二本負け。
場内からどよめきが起こりました。私には失笑に聞こえましたけどね。
引き面を打って場外へ出てしまう。一度やったら、普通は気をつけますよね。
私、試合中に気づいたんですけど、コートの感覚が全くないんです。
30年前はありました。ちゃんと。
今、どれぐらい下がったら場外へ出てしまうとか、今、コートのどのあたりを背にしているとか。
意識しようとしても余裕がないためか、どちらの方向にどれだけ動いたら場外に出るのかが、把握できないのです。
自分でもこれには驚きました。
リバ剣にも、リハビリが必要なんだなと思いましたね。ブランク30年は重症です。
こんな変な幕切れで、リバ剣二刀での最初の挑戦は終わりました。
「打たれて負けたわけではないから、まあいいか」
そんなおかしな言い訳を、心の中でつぶやきがら会場をあとにしました。
この“コート感覚”。取り戻すまで、この後、1年かかることになるとは。