2019年4月18日木曜日

剣道昇段審査② 二刀で二段を受審

リバ剣して最初の段審査


33年ぶり、46歳で


 前回の投稿で、2010(平成22)年の段審査を二刀で受審することを、決意した経緯を書きました。
  
 リバ剣した時は初段。中学1年生で取得したものです。
 今は、中学生は2段まで取得可能ですが、当時は初段まで。高校に入って、いよいよ二段を受審するという時に極度の貧血でドクターストップ。運動は禁止され、剣道継続も断念した。(その経緯はこちら

 あれから30年たって、46歳のオッサンになり、剣道でやり残したことに一つひとつチャレンジし始めた。
 同級生で当時一緒に剣道をしていた仲間や後輩たちは、皆、もう剣道七段です。剣道強豪校に通っていましたので、その後も剣道を継続した者は順当に昇段してました。

 そういった昔の剣道仲間や恩師との再会も夢見ながら、昇段審査の当日を迎えた。

初段から三段までの審査会


 剣道の段審査は、初段から三段の審査会は支部剣連が主催します。
 私が登録している剣連は浦安市ですが、その場合はお隣の市川市で受審することになります。
 
 私は元々は市川市在住でした。結婚を機に浦安に越した。そして、生まれた子供が小1の時に剣道を始めたいと言うので浦安の道場に入会。続いて妻もその道場で剣道を始めた。その後に、私がリバ剣しましたので、私もその道場に通うことになった。そういう経緯があります。

 ですから、子供の頃は市川市で剣道をやっていた。所属していた道場は中山剣友会(現:市川市剣道連盟東部支部)という市川市で最も古い、戦後、市内で最初にできた道場の出身です。(この頃の様子はこちら
 
 なので、昔の剣道仲間や恩師は今も市川市で剣道をやっている。二段の受審で市川市の審査会に出るということは、そういう人たちに私がリバ剣したと表明しに行くようなもの。
 本当はもう少し上達してから、私の二刀を見てもらいたかったんですけどね。浦安でやっていれば"バレない"と思ったんですけど、そうもいきませんでした。笑

 「恥ずかしい剣道はできないな」
 気持ちが引き締まります。

 剣道の段審査は、二刀で受審することも可能です。
 しかし当日、数百名が受審する中、二刀者は私一人でした。当たり前ですね。初段から三段の審査会に、二刀者がいるはずありませんからね。

審査当日


 2010(平成22)年8月。市川市国府台スポーツセンター第一体育館。
 私が子供の頃から初段から三段までの段審査の会場はここ。建物も変わりませんが老朽化は否めません。

 会場に入り、二段受審者の列に並んで受付を済ませた。
 初段と二段の受審者のほとんどが中学生。三段の受審者のほとんどが高校生。
 そこにそれぞれ、それよりも年齢が上の受審者が少数いるという感じ。
 
 二段の受審者で40歳上は、私を含めて4名でした。
 なぜ、年齢が分かるかというと、審査の立会いの組み合わせの順番が、年齢順になっているからです。同年代が3名いただけで、ホッとしました。

 審査会の流れは、まず午前中が実技審査。2名の方と立合います。つまり2回審査されるわけです。
 これに合格すると午後から、形(かた)の審査を受けます。二段受審者は、日本剣道形の一本目から五本目までを演武します。
 これにも合格すると、筆記試験があり最終的な合格発表があります。

審査開始


 審査会場は3つ。二段の受審者は、第三会場。
 実技審査は若年者から順に審査が始まりますので、我々中年者の出番は最後の方。
 昼近くなってようやく順番が来た。

 実技一回目。お相手と向き合い、立礼から大小を抜刀して蹲踞。「はじめ」の号令がかかって立ち上がり、上下太刀(二刀の代表的な構え、上段の構えの一種)に構えた。

 「おぉーっ」という観覧席からのどよめき。

 ただでさえめずらしい二刀流が、二段の審査会場に現れたんですから、驚きますよね。
 観覧席にいた妻にあとで聞いた話ですが、他の2会場の審査員まで(1会場に審査員は5人います)全員が私の立会いを見ていたそうです。

 お相手にしてみれば、災難ですよね。当然、二刀と立合うのは初めてでしょうから。
 まったく間合いの感覚がつかめない様子で、一方的に私が打ち込む展開になりました。
 剣道ですから本当はそれじゃいけないんですけどね。理合がなければダメ。
 まあまだ二段の審査ですから、そこまでの理は要求されてませんけど。

 二回目の実技もほぼ同じ展開に。しかし、終了間際に油断して、見事な「小手抜き面」をいただいてしまった。

 私の二刀がどう評価されたのか。どちらに転んでも、やるべきことはやったので、スッキリした気持ちでした。

 最年長者の立会いが終わって、すぐに結果発表。

 実技は合格していました。

形(かた)の審査


 昼食をはさんで、午後は形の審査から。
 小学生の頃に、「形稽古」はみっちりやっていたので不安はありませんでした。

 結果は、形の審査も合格。あとは学科試験のみ。

 学科試験といっても、事前に提示された課題について、回答を論述した用紙を提出し、審査員がその場で合否を決める方式。これも合格。
 
 最後に登録料を支払って、審査終了。

 「お父さん、僕も大人になったら二刀流をやる!」

 観客席に戻ると小学4年だった息子が飛びついてきた。
 リバ剣し、二刀で二段審査合格。本当にうれしかったですね。
 息子の"笑顔"で、張り詰めた緊張感が解けました。

34年ぶりの再会


 実は、私が審査を受けた第三会場の審査員の中に見覚えがある顔があったのです。
 審査前や審査中に、審査員と受審者が会話することは禁じられているので、ご挨拶はできませんでした。
 
 しかし、すべての審査が終了すると、その方が私の方に向かって歩いて来た。

 やはり、TNK先生だ。すぐに分かった。
 小学生のころ所属していた中山剣友会(現:市川市剣道連盟東部支部)の先生です。
 当時は若手でしたが、髪の毛もすっかり白くなって、満面の笑みで声をかけてきてくださった。

 「おめでとう!二刀をやっているなら"東部"へ来てください」

 市川東部支部。私にとっての二刀の"聖地"………(その理由はこちら
 子供の頃に、将来二刀を執ることを夢見て通ったあの道場で………
 夢が現実になる………

 

注目の投稿です

宮本武蔵『独行道』「我事に於て後悔せず」を考察する

後悔などしないという意味ではない 布袋観闘鶏図 宮本武蔵 後悔と反省  行なったことに対して後から悔んだり、言動を振り返って考えを改めようと思うこと。凡人の私には、毎日の習慣のように染み付いてしまっています。考えてみれば、この「習慣」は物心がついた頃から今までずっと繰り返してきた...

人気の投稿です