TNK先生は“怖い”
剣道で大事なことを教えて頂く
その会場で、出身道場の恩師TNK先生と34年ぶりに再会した。
私が小学生の頃、TNK先生は20代後半か30歳ぐらいだったでしょうか。とても怖い先生でした。
まずは、顔が怖い。(笑) これは説明できません。とにかく怖い。
そして、剣道が怖い。
これは、どういうことかというと、正眼に構えた時の剣尖が怖い。剣尖が常に物を言っているのです。
これは、小学生だった私たちにはとても恐怖で、どう打っていっていいか分からない。子供相手にも関わらず、剣尖を緩めてくれないのです。
剣尖が怖いから、正面をはずして左右にややずれて打っていったり、体を開いて打ったりする。そうすると、まったく打たせてもらえないんですね。すべてさばかれてしまう。
どうすればいいか分からず、泣き出してしまう子供が続出でした。
その頃の私はどうしたかというと、TNK先生のところには並ばない、そういう"対策"をとりました。(笑)
当時、この道場は小学生が約200名在籍していましたので、一人の元立ちの先生に対して、5~10名ぐらいの子供たちが常に並んでいました。自分の順番が回ってくるまでには時間がかかります。(当時の様子はこちら)
TNK先生のところにまったく並ばないわけにはいきませんので、稽古終了時間の間際になってから並ぶ。そうすると、時間切れで私の前で終わるのです。稽古する意欲はあったと見せられるわけです。
しかしこれが、うまくいかない時があるんです。思ったよりも早く順番が回ってきて、自分の番になってしまうことがある。それでようやく「もう、やるしかない」と心を決めて、稽古をお願いするわけです。
無言の教え
私が小学4年生ぐらいだったと思います。ある木曜日の稽古。
その日は参加者が極端に少なく、小学生は10名ぐらい。元立ちの先生は2名だったでしょうか。その先生のうちのお一人がTNK先生でした。
基本稽古が終わって地稽古が始まりました。この日はもうTNK先生にかかるしかない。
意を決してTNK先生の前へ、一番に並んだ。
稽古が始まって構えると、いつも通り正眼に構えたTNK先生の剣尖が緩んでない。やっぱり怖い。どう打っていっていいか分からない。
他の先生でしたら、相手が小学4年生ぐらいまででしたら、剣尖を緩めて打たせてくれる。緩めるどころか打突部位を開けてくれる先生もいる。
TNK先生の剣尖は物を言っているんですね、常に。怖いものですから、中心を取らずに斜めに打っていったり、正中線でとらえずに開いて打ったり、体は残して手先だけで打ったり、自分の考えうる方法で打ってみた。でも、やっぱり打たせてもらえない。すべてさばかれてしまう。
「もう真正面からまっすぐ打つしかない。どうにでもなれ」
TNK先生に正対し、正中線を割って思い切って正面を打った。
初めて打たせてもらえました。
すべてを捨てて正面から攻め入った時、私の中心に向けられたその切っ先が緩んだ。その刹那を打つことができた瞬間です。
その後も、真正面から捨て身で打っていくと、次々と打たせてくださる。
「TNK先生は、これを教えようとしていたんだな」
言葉は一切なし。剣尖で教えて頂きました。
いつもは“怖い”面金(めんがね)の奥の顔が、微笑んでいました。
あれから45年たった今も、ガチンコの相面で相手を仕留める時、思い出すのはTNK先生のこの“無言の教え”です。
※TNK先生は、再会した2010(平成22)年当時は市川市剣道連盟会長。現在(平成31年)は同名誉会長をされております。